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2010/11/02
シュタイナーに関わっている人、これから知りたい人に読んでほしい by たわふ
これからのシュタイナー幼児教育」は、紹介したいのだが、どう紹介しようかすごく考えた(店長からのフォローもあったし)。
これからのシュタイナー幼児教育
題名にシュタイナー幼児教育とありますが、シュタイナー教育全般でも言えることが多いです。

この本、いわゆるシュタイナーの著書でも講演録でもない本で、著者である入間カイさんが現状のシュタイナー教育に対する思いというか考えなどが書いてあります。文章もとても分かりやすく書いてあります。ですので、シュタイナーの入門書としてもいいでしょう。シュタイナーを勉強する前に知っておいた方がよいことが書いてあります。後々間違った解釈をしないと思います。

また、シュタイナーにどっぷり関わっている人にもお奨めです。シュタイナー教育はこうあらねばならないとか、家庭がどんなに問題があってもシュタイナー学校に通ってさえいれば問題ないなどと、シュタイナー教育を教育の理想のように思っている人はとくに読んでほしい。

正しくシュタイナーを理解している人にとっては、すごく共感できると思う(現状のシュタイナー教育への問題というか)。

シュタイナーにこれから関わる人、関わっている人に読んでほしい本であるだけに、何から書けばいいのやら、まとまる気がしない。初心者の人に向けての感想か、シュタイナーをよく知っている人に向けてこの本の感想を書くかで全然違う内容になるので、まとまらないような気がしますが書いてみます。(この本を読んでいると、色々なことが思い浮かんでしまって。一言で言えば、言えなくもないが、それでは伝わらないだろうし)

「ですから、いまとはまったく違うかたちの「シュタイナー幼稚園」がつくられることはありうるのです」(「読者のみなさまへ」viより引用)
もっと言えば、日本独自のシュタイナー教育があってもいいし、個人個人で違うシュタイナー教育があってもいいと常日頃、私は思っています。

シュタイナー教育は「自由への教育」と言われている。
なので、子どもがやりたいことをそのままさせるのがシュタイナー教育と思っている人がいる。「自由な教育」ではなく「自由への教育」なので、自由な状態を尊重する教育ではない。自由になるための教育であって、実際の現場は、現代の常識からすれば「不自由な教育」と言ってもいいくらいである。

ここまで自由という言葉を、一般的な意味で書いてみたが、シュタイナーの言う「自由」とは、一般的な意味でのやりたいと思ったことができること=「自由」ではない。

シュタイナーの言う「自由」を説明するには、現代の常識からすれば結構な説明が必要なのだが、簡単に言えば、「生まれてきた使命を全うする人生」=「自由な人生」と言えると思う。これをそのとおり、又は、もうちょっと言い換えたほうがいいとか思えればいいのだが、まったく理解できない場合は、「自由」という言葉をよくよく考えたほうがいいと思う。(シュタイナーは自身の著書で最後まで残るのは何かと訊ねられたら「自由の哲学」と答えたという。読みきることが難しいけれど・・・)

「シュタイナー幼稚園には、ときどき「こうあらねばならない」という誤解がつきまといます。でも、ほんとうに大切なのは、どんな現実のなかでも、そこで目の前の子どもたちのためにできることを見いだしていくことだけなのだと思うのです。
 たとえば、もし幼稚園の先生ならシュタイナーなんかに誰も関心をもっていない保育園や幼稚園に勤務されている方もいるでしょう。
 シュタイナーの話に共感はするけれど、他の教員にどうやって伝えていけばいいのかと迷っている園長先生もいるかもしれません。
 自分は教師ではないけれど、いまの子どもたちがすごく気になるという人もいるかもしれません。
 シュタイナーは、そういう人たちの存在がすごく貴重だと思っていました。自分が幼稚園にかかわってもいなくても、幼い子どもたちのために考えたいという気持ちを持っている人たちに、シュタイナーは何を伝えようとしていたのか。それを書いてみたいと思いました。」(「読者のみなさまへ」vi〜viiより引用)

この本で言いたいことをシュタイナーの言葉で言えば
「オックスフォード教育講座」(P210-211より引用)
「すなわち、単なる理想を実現しようとすることは、ヴァルドルフ学校の目的ではありませんでしたし、いまのなお、その方針は変わっておりません。大切なことは、子どもがつねに現代の生との結びつきをもち、今日の社会秩序とのつながりを失わないように教育することです。この場合「今の社会秩序が悪い」と言ってもみても、何の益もありません。それが良かろうと悪かろうと、私たちがその中でいきていかなければならないことには変わりないのです。」

ちょっと違うかもしれないが、こんな風にも言えるかもとも思った。
「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」(イザラ書房出版の絶版本のページではP87より引用)
「神秘学徒といえども、高次の世界に生きているからといって、日常の義務の遂行を怠ってはならない。高次の世界のいかなる義務も、日常の義務をわずかたりとも無視させてはならない。神秘学徒となっても、一家を支える父親としては良き父親であり続けねばらなず、母親としても同様に良き母親でなければならない。役人、兵士、その他どんな職業の人が神秘学徒になっても、そのことによって仕事の効率を低下させることはできない。」
神秘学徒のことを言っていますが、神秘学徒のような修行をしている人たちでさえ(一般的にはオカルトな人、浮世離れしているとも言えるかもしれない)、日常生活を少しでも怠ることがないようにとされている。ならば、神秘学徒ではない私たちが、日常生活を怠ることはもっとおかしいことであるわけで、シュタイナー教育のために日々のリズムを壊すようなこと、もっと言えば、家庭が崩壊するようなこと(離婚とか、仕事をやめるとか)はしてはならないと言うことだと思う。言い換えれば、日常に支障がない程度に、少しづつ取り入れることがよいということではないだろうか。(シュタイナーは、すごく現実主義なのです)

当店の商品を見ていただくとお分かりのように、正統派なシュタイナー教育のものもありますが、ちょっとはずれた商品もあります。子どもがテレビやDSばかりな状況である場合、一足飛びに、完璧なところまではいけません(完璧などないかもしれませんが)。ならば、少しでも、テレビやDSから離れられるようなものがあれば、それでいいのではないかと思うのです。小さい子どもは、身体を動かすことが重要です。身体を動かすことによって、身体を構築しているのですから。


 
 


Edited by たわふ 2010/11/02 02:47:25
Last Modified 2010/11/04 04:19:33

コメント(Comment)


ある雑誌の文章を読んで印象に残った事があります。

インドには自分で働いたお金で、日がな一日気ままにだらだらと過ごす日本人の若者が沢山いて、それを見たインドのお坊さんが、皆なんて不仕合わせな顔をしているのだろう、と思ったそうです。
若者達は本当の自由を満喫しているわけではない。
本当の自由とは、自分のなすべき仕事をきちんとこなし、そして施しをして生きる事なのだ、という事でした。
シュタイナーの言う自由と通じるところがあるような気がしました。
自由とは何か、考えると奥が深いですね。

投稿者(Contributor):ともこ|2010/11/06 09:05:57


一般的に言われている自由は、他人に迷惑がかからないように、その時その時に思いついたしたい事を行動できれば、自由という感じでしょうか。それって、楽しい?周りに振り回されているだけで、自由とは言いがたいとおもうのですが。シュタイナーの言う自由も、一般的な意味での自由も束縛がないという意味では同じなのですが、人間として生きる(人生)という大きな観点からみると大きく違うということでしょう。私も若い頃は、何をしたいのか何をしたらよいのかと考えたものです。

大地があるから自由に動き回れるのであって、大地がなければ自由には動けない。

投稿者(Contributor):たわふ|2010/11/06 21:58:29

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